本当に欲しいものなんて結局はよく分からない。
今欲しいものなんてたかが知れている。
それならば何を求めて人は空を見上げるのか。
まさか、自由とか言う幻想ではあるまい。
THE LONG GOODBAY
バートンオレンジのさして明るくも無いランプは、太陽が沈む色によく似ていた。
ふらりと立ち寄った町の廃れた酒場。何故敢えてそこに入ったのかはよく分からないが、とにかく人とあまり関わりたくなかったのかもしれない。そんな風に考えながら、「今日はもう終わりですよ」と少し顔を歪めるマスターに頼んで、ハルは中に入れてもらった。当然のことながら、客は彼以外に一人もいない。
「何か飲みますか」
問われた言葉に首を振り、カウンター越しに中を見回す。使われていなさそうなステージが、やけに淋しく照らし出されていた。
だからと言って何か言葉にすることも無く、既に身体に染み付いた癖で胸ポケットから煙草を取り出す。口に銜えると丁度いい高さに火を差し出され、ハルは煙草の先をじりじりと焼いた。
ライターがマスターのベストの中に消える。
「旅の方ですか」
視線をハルの方へは決して向けず、グラスを磨きながらマスターは尋ねる。そんなもんかな、とハルが答えれば、何か理由が、と問われた。
さて、一体何故自分は流離っているのだろうか。
グラスを磨く音が、暫く響いた。
「……さぁ、なんでだったかな。というか、理由なんてあったかどうかも分からない」
「そうですか」
「そう、何故生きてるのか明確な理由が分からないのと同じでね」
煙草の煙を目で追う。
「自分の居場所を探すためか、作るためか。一体俺は何をしてきたんだろうか。これでも一応学校は行ったし、卒業もした。仕事もしたし、色んな世界も見た。けど俺は一体何がしたいのか、何が欲しいのかさえさっぱり分からない」
短くなった煙草を灰皿に押し付けると、すっとグラスが差し出された。中には黄金色の液体が満たされている。視線を上げると、マスターは静かに目を伏せた。黙ってそれを飲み干す。マスターが言った。
「ギムレットにはまだ早かったようですが」
有名な小説の一文に、ハルはグラスをひっくり返す。最後の一滴がカウンターの染みの一つになった。
席を立ち、そして言った。
「コーヒーを注ぎ、煙草に火をつけたら、後は俺について全てを忘れてくれ」
「かしこまりました」
分からないまま、人は生きる。迷い戸惑い、時に立ち止まり。
それでいい、それが道、それがこれから。
別れ、出会い、また別れる。
忘れ去るのも、また一興。
2006/10/12 2007/12/27(改) 神崎由良
高校卒業の時、最後の文芸誌に載せた作品。
後輩達とは全く連絡とって無いんですが、文芸誌はまだあるのかな。
当時の自分の気持ちと卒業をテーマに書きました。
モドル