極私的曲紹介 3 巡礼の年

巡礼の年第1年「スイス」
第2曲「ヴァレンシュタットの湖で」
第9曲「ジュネーヴの鐘――ノクターン」
巡礼の年第2年「イタリア」
第2曲「物思いに沈む人」
巡礼の年第2年補遺「ヴェネツィアとナポリ」
巡礼の年第3年
第2曲「エステ荘の糸杉に――哀歌I」





巡礼の年第1年「スイス」

2004/01/21

 巡礼の年第1年「スイス」…、巡礼の年シリーズの一番最初、当然有名な曲集なのですが、僕にはどうも馴染めないんです。でも、有名ものは、紹介しておかないといけないので、一応書いておくことにします。

 第1曲「ウィリアム・テルの聖堂」は、巡礼の年全26曲の冒頭に当たる曲、さすがに独特の魅力があります。簡単に言うと、“怪しさのない堂々さ”。こういうリストの曲は、他になかなか思いつかないので、結構気に入っています。
 第2曲「ヴァレンシュタットの湖で」は、流れるような伴奏に、よく分からない流れるようなメロディーを重ねた、流れるような曲です。そのままサーッと流れていきます…。
 第3曲「田園曲」、少なくとも僕にとって、聴いていて非常に楽しいというものではありません。静寂を好まない人たちが、BGMとして流すのにはいい、というぐらいでしょうか。
 第4曲「泉のほとりで」
、またまた流れるような曲。ずっと後の巡礼の年第3年第4曲「エステ荘の噴水」ほど好きではありませんが、爽快なのに大して変わりはありません。これ以上書けることがありませんが……。
 さて、ここまで3曲連続で軽い音楽が続いてきましたが、第5曲「嵐」で、ドカーンと来ます。「夕立」という訳もよく見ますが、どうなのでしょうか?この曲も“流れる”のですが、狂乱をうまく描いた音世界は、明らかにこれまでとは違っています。結局この曲集の中である程度怪しいのは、この曲と次の「オーベルマンの谷」しかないのかな…?
 いきなり感じが変わった第1年は、ここで最長曲を迎えます。第6曲「オーベルマンの谷」、巡礼の年全体でも、「ダンテを読んで――ソナタ風幻想曲」に次いで2番目に長い曲です。僕は長い間この曲には馴染めませんでした。見返してみると、2003/06/15には、「『ダンテを読んで』には相変わらず魅かれ続けている。それなのに何故『オーベルマンの谷』が嫌いなのか、自分でも分からない。」という文章がありました。いくら聴いても、曲の様子が分からず、最後の方の明るく華やかになるところだけを心待ちにしているようなものでした。今は、これが絶望的な叫びのようなものだと感じ取れ、楽しめるようになってきましたが、まだまだ慣れたとは言えません。僕にとっては難物です。
 さて、第7曲「牧歌」は、聴いても何も感じなかったのですが、ちょっと弾いてみたところ、なかなかいい曲に思えてきました。曲の雰囲気は、曲名が示すとおりです。
 あまり合わないと思っていた第1年も、ここまで来ると、そこまで嫌っている訳でもないように見えてきた…、とここで出てきた第8曲「ノスタルジア」が、実は一番苦手な曲のようです。「ウィリアム・テルの聖堂」が“怪しさのない堂々さ”なら、これは“怪しさのない暗さ”、好きじゃない雰囲気です。自分でもよく分からない直感的なイメージでいくと、海の中をテキトーに動き回っていた大昔のアンモナイトのよう、ムカツいてきます…もう訳分かりませんね(爆)。
 そして最後は第9曲「ジュネーヴの鐘――ノクターン」です。最初聴いたときは、ちょっと寂しすぎるかな、と思いましたが、これもだんだん好きになってきました。晩年の小品に似ているような気がしないでもありません。

 そんなこんなで、全体像はあまりつかめていない紹介に終わってしまいましたが、このまま放っておく訳にはいきませんので、そのうち更新するはずです。といっても、まともな説明ができるのは、まだまだ後のことになると思いますが。





「ヴァレンシュタットの湖で」(巡礼の年第1年「スイス」第2曲) S160/2
"Au lac de Wallenstadt" (Années de pèlerinage - Première année - Suisse No. 2)


2004/09/10

 人として生きている以上、普通は人の社会の中に入り、人と接していくものです。人が集まると、物音が生じて、複雑な人間関係が生まれ…。普段は何とも思わないことですが、時には離れたくなるものでしょう。旅行の行き先として、ワイワイガヤガヤの場所も人気ですが、静かでゆっくりできる場所も劣らず人気です。
 湖というのは、同じ水でも、海や川などよりも静かなイメージがあり、ちょっとした湖があれば、それだけで観光地になりそうなものです。今回のヴァレンシュタット湖というのがどういう湖なのかよく知りませんが、そのような静かで落ち着く場所だろうというのは想像つきます。
 ちょっと珍しいリズムの伴奏は、湖面のわずかな揺れを表しているのでしょう。海や川とは違い、はっきりした上下の動きがないのが湖のいいところで、よく見たら分かる程度の揺れが心地よく続きます。メロディーの方も、大きな動きがある訳ではなく、気持ち良く鼻歌でも歌っているような感じです。これらが合わさって、湖の情景が見事に現れてきます。人間の競争・衝突とは無縁の世界。船を浮かべて湖上で寝ていても何の危険もないような安心の場所。人間社会のことも頭のどこかに追いやってしまい、気の抜けたようになれそうです。
 こんな安らぎを、家にいながらにして楽しめる、と言うと多少言いすぎかも知れませんが、湖を表現することに関して、非常に成功していると思います。
 僕はこの曲を最初に聴いたのがボレットだったのですが、そのせいで(!)あまりいい曲と思えずにいました。ボレットは左手がちょっとぎこちない感じです。僕が一番好きなのは、ベルマンです。これはBGMとしても良さそうです。もっとも、楽譜に忠実でない、ぼかしすぎ、と言われるかも知れませんが。それが嫌ならワッツをどうぞ。自然の雄大さをも感じる演奏です。これならいいでしょう。右手のメロディーを聴きたいのならブレンデルをお薦めします。チッコリーニは機械的すぎていただけません。
 この曲、長い間退屈だと思っていましたが、気分が合うときに聴くと素晴らしいです。安静という面で見ると、「泉のほとりで」や「エステ荘の噴水」にも勝ります。機会を見計らって聴いてみましょう。

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「ジュネーヴの鐘――ノクターン」(巡礼の年第1年「スイス」第9曲) S160/9
"Les cloches de Genève - Nocturne" (Années de pèlerinage - Première année - Suisse No. 9)


2004/06/17

 巡礼の年第1年の中では比較的有名な方だと思われる最終曲です。巡礼の年のエンディングというと、第2年、第2年補遺、第3年ともにƒƒƒですので、堂々としたものというイメージがあるのですが、その中でこの曲は例外ということになります。
 この曲には副題として「ノクターン」(夜想曲)と付けられています。「夜」というと、僕の妹が小さかった頃、僕は小学校の前半だった頃のことを思い出します。夜9時に市役所の“よい子はねましょう”の意味のサイレンが鳴ると、母か父といっしょにベッドに入り、やがて寝てしまったら両親だけそっとまた起きてくるのです。僕も同じように親と一緒にずっと寝ていると騙されていたのだと知ったのも、この頃でした。せっかく寝かせたのにまた起きて泣き出すのを防ぐため、毎日夜になると静かに行動するようになっていました。不便さもややあった反面、“僕はまだ起きている”というワクワク感があり、何となく楽しかったものとして記憶に残っています。
 「ジュネーヴの鐘」というのが何なのやら僕は知らないので、勝手なイメージとなりますが、この曲はそんな気分を思わせるところがあります。もちろん小さい子供などいないでしょうし、第一“巡礼”の年ですのでそんなことは関係ないのですが、動的な昼間に対する夜の静けさというものは、誰でも、何処でも、共通のイメージでしょう。ppで始まりppで終わるこの「ノクターン」は、理性的な冷静さのある夜のようなものが、非常に上手く表現されています。
 ですから、歌うような部分(譜例1)からだんだん盛り上がってƒƒƒに達しはするのですが、僕の好みではそこまで感情的にならないで欲しいのです。そういう点では、演奏はボレットが文句なしのNo.1です。流麗さの極みと言って、まず間違いないと思います。僕はボレットしか受け付けられないと言ってもいいぐらいです。ただ、ボレットだと綺麗すぎて、曲の途中で飽きてしまうというなら、ベルマンをお薦めします。美しさを崩す(!)ような音の変更があるブレンデル、速すぎるチッコリーニは、個人的には薦められません。

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(譜例1) 「ジュネーヴの鐘――ノクターン」(巡礼の年第1年「スイス」第9曲) S160/9 ♯♯♯♯♯ 2/4








巡礼の年第2年「イタリア」

2003/09/15

「巡礼の年」4シリーズ(第2年補遺も含めて)の中でも一番好きです。全曲何かの美術作品にインスピレーションを得ているそうなのですが、それはよく分かりませんので、とりあえず曲だけを聴いた評価ということでいきたいと思います。

 第1曲「婚礼」は実は7曲の中で唯一嫌い、というより興味のない曲です。最近は1回も聴いていないように思います。久しぶりに聴いてみたら、案外楽しめるのかも知れませんが、こういうゆっくりで長い曲はあまり聴く気になれません。
 第2曲「物思いに沈む人」も、最初は大っ嫌いだったんです。こんなくらい曲作って何が面白いのだろう、と思っていたのは、今考えると当然のことだったかも知れません、その頃は「メフィストワルツ第1番」や「ハンガリー狂詩曲第12番」にすら抵抗があったのですから。で、これも「婚礼」と同じ運命で、ずっと聞かれていなかったのですが、最近注文したハワードの第3巻にこれをかいていして後に作った曲が入っていたので、予習みたいな感じで聴いてみたら、結構良かったんです。どこが面白いか、と訊かれると答えようがないのですが、晩年のリストが改訂したくなるのはよく分かります。この頃(1839年)に、よくこんな曲が作れたものだ…、と感心します。
 続いて、第3曲「サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ」、やけに長いタイトルですが、曲自体は気軽なもの。どこかで聴いたことがあるようなメロディーで、ひたすら明るく盛り上げます。第2曲で沈ませておいて、ここで明るくする、という仕組みでしょうか。

 そしてここから3曲も入っているのが「ペトラルカのソネット」。もともとは歌曲でしたっけ?
 第4曲「ペトラルカのソネット第47番」
は3曲中一番好きな、明るい曲。これまた耳にしたことのあるようなメロディーですが、やっぱりその前にある冒頭の始まり方がいいですねぇ。ワーッと広がる感じで。
 第5曲「ペトラルカのソネット第104番」は最有名なようですが、あまり好きにはなれません。首を締め付けるような始まり方から、全体的に暗い感じです。
 第6曲「ペトラルカのソネット第123番」は、冒頭は暗いのですが、主題は長調です(多分…)。これも初めて聴いたメロディーという気がしないのですが、気のせいですかねぇ?何か有名なものを使っているのでしょうか?
 何だか明るいものを好むような紹介ですが、そういう考え方だった頃の名残でしょう。今はあまり聴かない曲集ですから。

 さて、第2年の最後を締めくくるのが、第7曲「ダンテを読んで――ソナタ風幻想曲」ですが、これについては、大曲のページをご覧ください。
(そのページからこちらへコピーしてきました。)
 冒頭の奇妙な音は「悪魔の音程」などと呼ばれているそうです(ここでもう嫌になってしまうのなら、まだのリストの魅力に気付いていないのかも…。聴く時期が早すぎます)。こういうのが2回続き、「ダダ〜ン、ダダ〜ン、タタン、タタン、タタン、タタン…、ターラータターラ〜…」(譜例1)という辺りで、意識をハッキリさせていられるのは終了、かも知れません。その後、上がったり下がったりした後、「タラーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、ララーッ、タタ〜ン、」という長いフレーズでやっと一息付ける少し苦しい部分(譜例2)。初めて聴いたときにここまでフレーズとしてちゃんと聞き取れるなら大したものです。ここから詳しい説明は省略しますが、暗く怪しい部分や、海底から海面に上がってきたような少し明るい雰囲気の部分、パーッと盛り上がる部分などありますので、何回も聴いているうちに気付いていってください。5分の4ほど終わったときに突然入るキラキラの部分(譜例3)でもう一度目を覚ましていただければいいのですが、そのまま最後まで3分間、というのは少し辛いかも。最後の「心を高めよ」に似た終わり方も、抵抗あると思いますが、これをカッコイイと思えるようになるかどうか…。

(譜例1) 巡礼の年第2年第7曲「ダンテを読んで――ソナタ風幻想曲」 S161/7 ♭ 4/4



(譜例2) 巡礼の年第2年第7曲「ダンテを読んで――ソナタ風幻想曲」 S161/7 ♭ 4/4



(譜例3) 巡礼の年第2年第7曲「ダンテを読んで――ソナタ風幻想曲」 S161/7 ♯♯ 4/4


 僕もさすがに最初は長いと思いました。ただ聴いているのに耐えられなくなり、「ながら」の作業を始めました(笑)。最後から3分前ぐらいのキラキラの部分“だけ”は耳を弾いた、というのを覚えています。…でも、それから相当な回数聴きましたね。聞き慣れて、次にどういうフレーズが来るのか分かるようになってくると、曲のカッコ良さが分かってくるんです。
 随分長く書いてしまいましたが、「ダンテを読んで」には是非慣れて欲しいんです。これは「大曲」の中では分かりやすいもの、この先には↓に書く、もっと怪しく素晴らしい世界がありますので………。


 …と、全体的に、まぁ明るい感じの曲集、というイメージでしたが、何しろ「イタリア」って、そういう感じがしますからね(笑)。曲のレベルとしては、「サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ」のような単純な曲から「ダンテを読んで」のような初心者には分かりにくい長曲まであり、また「物思いに沈む人」のような暗い曲もあって、かなり充実していると思います。この全曲を楽しめるようなら、リストの大抵の曲は楽しめるんじゃないでしょうか?(と、「婚礼」に興味を持たない僕が言うのも変ですが)。是非早めに手に入れておいて欲しい曲集です。





「物思いに沈む人」(巡礼の年第2年「イタリア」第2曲) S161/2
"Il penseroso" (Années de pèlerinage - Deuxième année - Italie No. 2)


2004/07/09

 精神的に負担や不安を感じるとき、というのが僕には時々訪れます。過去にショッキングなことが起きたとき――ではなく、近い将来何となく良くないことがありそうだと感じるとき、です。気分が落ち着かず、友達と楽しいことをする気にもなれず、勉強したり読書したりはかえって疲れるし、かといって寝るのは面白くない――というようなとき、じゃぁ音楽を聴こうかということになるのです。
 ところが、明るい曲、激しい曲、美しい曲などは、ストレスが溜まる結果となるだけなのです。こういうときに聴けるものは、もっとブスッとしていて、面白くなくて、魅力のない曲なのです。
 これは、ちょうど、「『お互いの気持には立ち入らないで、お天気の話とかテレビ番組の話とか旅行の話とかを喋って仲良くしているのがヤサシイと思う。だけど、一緒に音楽聴いたり、ファミコンやったり、マンガ読んでいるのはもっとヤサシイ。何も喋らないで一緒にいて、何かやっている。これが私の言うヤサシイ暖かい沈黙』」〔大平健著「やさしさの精神病理」(岩波新書)p.158より〕という感覚と同じようなものだと思います。余計な働きかけはやめてほしい、ただ何か聴きたい。音さえ流れていればいいんだ。…そう思うときがあるということです。そして、そんなときに僕にとって最適な曲が、「物思いに沈む人」です。
 マトモな曲の解説は書けそうにありません。不協和音が連続する不気味な曲(譜例1)――と書いてみたところで、実際にそういう曲として捉えていないので、それ以上書くのは躊躇ってしまいます。僅かでも、疲れた心にはプラスになる曲であり、低音がずっと続くので絶えず落ち着きを与えてくれるのです(低音がない曲は、淋しさに耐えきれなくなるので、こういうときには聴けません)。こんな曲がと思われるかも知れませんが、本当にこの曲以外は聴けないということもあります。聴くと最高の気分になれる…とは言いませんが、最善の策ということなのでしょう。
 演奏も、僕の用途についての評価になりますが、最高なのはワッツです。最初から最後まで行き届いた落ち着きは、素晴らしいものです。ベルマンとボレットもやや難ありですが、上記のような使い方は充分できます。チッコリーニは焦り気味ですし、あまりみの機械的ですので、ちょっと浸ることはできません。ブレンデルは、普段聴く分には構わないかも知れませんが、タメすぎ等がストレスになりますので、これもちょっとダメです。

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(譜例1) 「物思いに沈む人」(巡礼の年第2年「イタリア」第2曲) S161/2 ♯♯♯♯ 4/4








巡礼の年第2年補遺「ヴェネツィアとナポリ」

2004/01/08

 第1年、第2年、第3年、とある「巡礼の年」シリーズの中で、微妙な位置にあるのが、これ、第2年補遺の「ヴェネツィアとナポリ」全3曲です。
 補遺だからって、別に有名じゃない訳でもないですし、第3曲の「タランテラ」は結構知られていますが、補遺という名のせいで「巡礼の年」全集から落ちていることがたまにあるみたいです。個人的には、第2年の中にうまく入れて、全10曲にしてしまっても良かったのではと思うのですが…。
 つまらないことを言っていても仕方ないですので、サッサと曲紹介に入ります。

 第1曲「ゴンドラを漕ぐ女」は、冒頭が暗いので例によって食わず嫌いしていたのですが、すぐに美しい場面が出てきて、いい曲かなぁ、という気もしています。好きになりかけている曲です。
 第2曲「カンツォーネ」は、弾き手にとっては曲全体を通して忙しい、明るくもなければ魅力的な怪しさもないように感じられ、あまり好きにはなれないでいます。素晴らしいメロディーとも思えませんし。
 そして問題の第3曲「タランテラ」
。ボレットは「カンツォーネ」から続けて弾いているのですが、この曲に入ると寝かけていた心がウキウキしてきます(笑)。なかなか面白いメロディーが、超高速でどんどん流れていきますが、「スケルツォとマーチ」ほどの慌ただしさはありません。耳馴染みのいいメロディーは、のんびりした印象さえも与えます。
 そして、1回終わったかと思えば、今度はさらにのんびりした感じの、色にするなら迷わず自信持って“緑”!というようなメロディーが出てきます。変ホ長調という選択も、これしかない、と思わせます。左手の流れるような伴奏と、それにのってのびのびと歌い上げる右手のメロディーは、そこまで聴いていた疲れ(?)を解消していきます。でも、そうこうしているうちに、そのメロディーがいろんな形になって現れ、どんどん怪しくなっていきます。あれよあれよという間にどんどん盛り上げ、聴き手を混乱に巻き込み、その勢いでこの短い曲集を閉じてしまいます。
 実は僕もこの「タランテラ」を練習していたのですが、あまりの難しさに諦めてしまいました。独特の不思議さを持つこの曲、もっと上手くなってから弾けるようになりたいです。

 さて、3曲紹介しましたが、実はこの3曲、全て他の作曲家の作品のパラフレーズなんだそうです。僕としては、第1・2曲に関しては納得(笑)、第3曲はちょっと信じられない、という感じですが、こんな風に、「巡礼の年」という立派な曲集に、編曲を普通に入れてしまうリストも、柔軟性を感じ、さすがだなぁ、と思います。僕はリストのメロディーが好きなので、そこまで興味持てないのですが。
 こんな紹介書いたら評判落ちてしまいそうなのですが(僕はあくまで素直に書き続けますので…)、巡礼の年4セットの中の1つである「ヴェネツィアとナポリ」、忘れないでいて欲しいものです…。





巡礼の年第3年

2003/10/21

 同じ「巡礼の年」シリーズでも、他の3つとは大きくかけ離れた世界、いわゆる“晩年”の音楽です。この歳になってから新たにこれまでの続きのようなものを作るからには、リストの心の中に、少なからず“過去との比較”のようなものがあったはずです。今の特徴を生かして、これまでとは全く違うものを作るぞ、というような意気込みが感じられます。
 …というのは僕の独断にすぎないのですが、それはさておきこの曲集、かなりのものに仕上がっています。一連名有名な晩年の“小品”と比べて長いのが難点ですが、見事に“晩年”なこの味、皆さんにも是非試してもらいたいです。
 とはいうものの、僕も他の3つより聴き始めるのが大分遅かったので、案外あまり親しんでいない曲が多くあります。毎度毎度のことですが、そこら辺、ご了承ください。

 それでは前置きはこれぐらいにして、各曲紹介に入ります。
 第1曲「アンジェラス!」は非常に面白い冒頭です。何とも言えないこの感じ、宇宙浮遊、深海の中など、イメージを考えていたのですが、なかなかピタッと当てはまるものが見つかりません。まさに独特な音です。さて、冒頭、そして最後も同じ音型でいい感じなのですが、中間部が気に入りません。何かあからさまな宗教曲のように感じてしまいます。でも、オセロじゃないですけど、始めと終わりがいいので、僕にとってはなかなか魅力的な曲として認識されているようです。
 続いて、第2曲「エステ荘の糸杉に――哀歌I」、これは聴き込んでいないので止めておきます。冒頭の暗い感じがイメージとして残っています。
 第3曲「エステ荘の糸杉に――哀歌II」
は、冒頭の極めて小さい単位でどんどん予想できない展開が進んでいくところ(うまく表現しにくいのですが、1音1音の音程・リズムが意外って感じ?)が印象的で、このままこの長さだと疲れるなぁ、などと思って前曲と同じように聴き流していたのですが、1週間前たまたま聞いてみたところ、強烈に美しい部分があって驚きました。「タラララタラララタラララタラララ、タラララタラララタラララタラララ」と上がって下がるところ(譜例1)ですが、左手も加わって独特の香りが出ています。ずっと前にもこのメロディーを思い出して何の曲だろうと思っていたことがあったのですが、分からなかったのでもう諦めていたんです。このおかげで一気にこの曲好きになりました。ちなみに、その翌日には期待を込めてエレジーIの方を聞いたのですが、特に何も感じるところがなくガッカリしました。

(譜例1) 巡礼の年第3年第3曲「エステ荘の糸杉に――哀歌II」 S163/3 ♯♯♯♯♯♯ 4/4


 さて、第4曲は7曲中でも卓越した大有名曲、「エステ荘の噴水」です。晩年の曲嫌いのあのボレットですら弾いているこの曲の中でも、一番美しいと思っているのは、最後で低音になる直前の高音部キラキラ(譜例2)ですが、全体的に“いかにも噴水”といった感じのきれいな曲です。ラヴェルの「水の戯れ」やドビュッシーの「水の反映」の先駆けとなったというのはよく知られていますが、同じリストの中の水つながりでは、巡礼の年第1年のこれまた有名曲、「泉のほとり」が思い出されます。「水の反映」は聞いたことがないので、これを除いた3曲を比べてみますと、僕の感覚ではほぼ等間隔で「泉のほとり」「エステ荘の噴水」「水の戯れ」、と並べられるように思います。この順で、実はラヴェルの方が好きだという気もしているのですが…。

(譜例2) 巡礼の年第3年第4曲「エステ荘の噴水」 S163/4 調号なし 2/4


 第5曲「ものみな涙あり」はあまり記憶にないのですが、第6曲「葬送行進曲」は感心してしまうほどの“晩年”らしさ。何やってるか分からないぐらいの音の低さの中でトリルまでされちゃうんだもん(譜例3)。さすがにビビります。いずれ、音を2オクターブほど高くして聴き取りやすくしたMIDIなんかを作っちゃおうかと思っているのですが、いかがでしょうか。

(譜例3) 巡礼の年第3年第6曲「葬送行進曲」 S163/6 ♭♭♭♭ 4/4


 第7曲「心を高めよ」は本当にもう「終わった〜!」と言いたくなるような曲。最終曲としてふさわしいのですが、全音階が出てくるまでがやや退屈かも知れません。…などといっていながら、実はこれ、実際に弾いてみました。「ターーラーララ〜」のメロディーを浮きだたせるのが難しい(譜例4)のですが、全体的には大して難しい曲ではありません。ただ、fffを有効に使わないと、高まった心が勢いなくして沈んでしまうような…。音楽的に“聴かせる”のは難しいのかも知れません。

(譜例4) 巡礼の年第3年第7曲「心を高めよ」 S163/7 ♯♯♯♯ 3/4



 以上、曲によって文章の量の差が激しかったのですが、一応7曲全て紹介しました。巡礼の年第3年も、自分の中でこれから評価が上がっていきそうな曲集の1つです。ここの文章の改訂も期待していいかも知れません。





「エステ荘の糸杉に――哀歌I」(巡礼の年第3年第2曲) S163/2
"Aux cyprès de la Villa d'Este - Thrénodie I" (Années de pèlerinage - Troisième année No. 2)


2004/08/25

 夏休み明け最初の文章です。家で過ごした夏休みとのギャップが予想以上のもので、何となく不安があるものです。“生活のリズムを早く整えましょう”と言われますが、それ以前の問題として、周囲の友達から自分が浮いているのではないかと余計な心配をしてしまいます。自然に振る舞うことが出来ているか、変に用心深くなってしまうのです。みんな実はまだ慣れないはずなのですが。
 そんなこんなで、どうしても精神的にストレスが溜まるのが最初の数日間です。聴く気になれない曲も多い中で聴きたいと思ったのがこの曲です。
 曲は重く始まります。徐々に盛り上がり、頂点に達して落ち着いた所で、僕が欲していた部分になります(譜例1)。一言でいえば、生々しい。裸の心をポンと置かれたような生々しさ。スポーツドリンクは自分の体液と似た成分(?)だから体においしいという話を聞いたことがあります。とするとこの曲は心のスポーツドリンクでしょうか。心の醜い面まで含めて全て音で表現してしまったように感じるこの部分は、心に直接ジーンときます。自分の心と似たものを感じるので、共感できる部分も多いのでしょう。深く考えさせるだとかではなく、単純に、自然に、感じて、心の栄養補給が成されます。しかしこれはそう長くは続きません。僕には合わない、落ち着きのある明るさになってしまいます。さすがは晩年のリスト。中学生の僕なんかとは違います。
 さて、さっき感じると言ったところと同じような雰囲気にもう1度戻りますが、ここは前のところほどいいとは思えません。
 そのうちに、極度の激しさを持ってきます。単なるヒステリックにしてはあまりに恐ろしすぎますし、かといってそれを通り越した狂人かというとそれもちょっと違うでしょう。何かかなり特殊なことをしているように思えます。僕の言える具体的な言葉としては、おまじないをかけているのかというぐらいしか思いつかないのですが、とにかく僕の知らないことでしょう。ƒƒƒにまで達します。(譜例2)(この部分、ハワードとブレンデルも途中まで――が異稿を演奏していますが、こちらの方がよりゴツゴツしていて楽しめます。ハワードのこれは一聴の価値あると思います。)
 それが静かになり途切れたところで、一瞬だけ例の醜い心が幽霊のようにフッと現れ、消えてしまいます。そこから先は、そういった邪悪さとは無縁の、光に満ちた世界です。さっきのおまじないの結果だと言えるような気がしますが、こうしてリストは僕の知らない世界に行ってしまいました。僕にはよく分かりませんが、宗教的――と言えるのかも知れません。悟りを開いた……? ここは聴くだけではなかなか楽しめませんが、実際に弾いてみると、擬似的悟りを体験することができます。
 演奏には様々なタイプがありますが、僕が一番いいと思うのはチッコリーニです。そっけないと言うのかも知れませんが、変なテンポの揺らし等が少なく、結局これが一番落ち着きます。後はどれを上に持ってこようか迷いますが、コチシュがなかなかいいです。冒頭はかなり速くて嫌なのですが、“おまじない”の部分が強烈で、その後のやさしさもまた素晴らしい。でも、やさしさだけ見れば、ブレンデルの勝ちでしょう。他の部分はリズムの変更があったりであまり好きになれませんが。ハワードは随所随所でテンポを変えながら積極的に“とばす”演奏です。感じるところも速すぎが原因であまり味わえないのですが、リズムを守っているのは僕の好みです。ベルマンは逆に、ゆっくりなのは好きですが、リズムが変なのが気になってしまいます。もっとも、揺れる演奏が不快なのは今だけなのかも知れません。

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(譜例1) 「エステ荘の糸杉に――哀歌I」(巡礼の年第3年第2曲) S163/2 ♭♭ 4/4



(譜例2) 「エステ荘の糸杉に――哀歌I」(巡礼の年第3年第2曲) S163/2 ♯ 4/4





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