極私的曲紹介 7 クリスマスツリー

(クリスマスツリー最終稿)
第1曲「プサリテ――古いクリスマスソング」
第2曲「おお聖なる夜!――古い旋律によるクリスマスソング」
第3曲「飼葉桶のそばの羊飼いたち(もろびと声あげ)」
第4曲「神の御子は今宵しも――3人の聖王の行進のように」
第5曲「スケルツォーソ――ツリーのろうそくに火をつけて」
第6曲「カリヨン」
第7曲「子守歌」
第8曲「プロヴァンスの古いクリスマスソング」
第9曲「夕べの鐘」
第10曲「昔!」
第11曲「ハンガリー風」
第12曲「ポーランド風」
(クリスマスツリー第1稿)
第1曲「プサリテ――古いクリスマスソング」
第2曲「おお聖なる夜」
第3曲「飼葉桶のそばの羊飼いたち(もろびと声あげ)」
第4曲「神の御子は今宵しも(3人の聖王の行進のように)」
第5曲「スケルツォーソ」
第6曲「目覚まし時計」
第7曲「子守歌」
第8曲「(プロヴァンスの古いクリスマス)」
第9曲
第10曲
第11曲「ハンガリー風」
第12曲「ポーランド風」





 「クリスマスツリー」はあまり知られていない曲集ですが、リストの無邪気さ・淋しさ・愉快さ・暗さ…を短いそれぞれの12の曲の曲に凝縮したような、素敵な曲集です。超絶技巧練習曲やハンガリー狂詩曲・巡礼の年などとは全然違う雰囲気で、内的なものを感じます。初孫ダニエラ・フォン・ビューローのために作曲し、1882年、彼女が22歳(?)のときに出版しました。孫への愛がこのような素晴らしい曲を生んだのでしょう。連弾版もあり、比較的知られていますが、ここでは独奏版を紹介していくことにします。さらに、1876年の第1稿(「パリ草稿」と呼ばれます)も併せて紹介します。第2稿は一部しか現存しないため、第3稿は第1稿か最終稿のどちらかと結局同じなので、ハワードも取り上げていません。第4稿(=最終稿、一番普通の稿)と第1稿との違いを見ていこうと思います。
 ちなみにハワードは12曲を4曲ずつ3つに分けています。最初の4曲は伝統的なクリスマスキャロルの編曲、真ん中の4曲は子供の視点から見たクリスマス、最後の4曲は成熟した人の回想。しかし、僕はこの分け方にはピンと来ません。第8曲「プロヴァンスの古いクリスマスソング」だって伝統的キャロルですし、第6曲「カリヨン」は子供の視点でしょうか…? 最初の4曲が全て既存のメロディーというのは事実ですが、その中でも第2曲「おお聖なる夜!」と第3曲「飼葉桶のそばの羊飼いたち(もろびと声あげ)」を比べると、随分と違いがあります。ですから、僕は単純に分類するのではなく、第1曲「プサリテ――古いクリスマスソング」のいかにも伝統的な世界から始まり、いろんな世界を巡りながら徐々に晩年的世界に入っていき、最終曲「ポーランド風」結尾の楽しいクリスマス気分で終わる、という一連の流れとして見るようにしています。
 1曲1曲が気軽に聴ける小品ですので、1曲終わったらまた1曲、と聴いていきたくなる楽しさがあります。最初はちょっとビックリするかも知れませんが、何度か聴いてみてください。きっと魅力に気付くはずです。自信を持ってお薦めします。
 最終稿はハワード第8巻(申し分のない演奏です)、第1稿はハワード第51巻(演奏の質は期待しないでください…)に収録されています。また、最終稿は各曲名の隣の「♪」マークからHSKさんのMIDIをお聴き頂けます。


「プサリテ――古いクリスマスソング」(プレトーリウス=リスト)(クリスマスツリー第1曲)(ピアノ独奏稿) S186/1
"Psallite - Altes Weihnachtslied" (Praetorius/Liszt) (Weihnachtsbaum No. 1)


2004/09/07, 2004/10/14

Ein kleines Kindelein liegt in dem Krippelein,小さな赤ん坊(=キリスト)が飼葉桶の中に横たわっている。
Alle lieben Engelein dienen dem Kindelein.全ての愛らしい(小)天使たちが、赤ん坊に奉仕する。(??)
 クリスマスツリーの第1曲は、ミヒャエル・プレトーリウス(Michael Praetorius) (1571-1621)という人の合唱曲が原曲だということです。その年に合うというか、単純さのようなものがあり、ヘ長調ということもあって、とても落ち着きのある曲になっています。僕の知っている範囲内では、「『泣き、悲しみ、悩み、おののき』の主題による変奏曲」の最後のコラールに似ているかというぐらいしか言えません。初めて聴いたとき、僕は「癒し系」だと書いています。

 「Psallite」というのはラテン語で「ほめ歌え」、つまり讃歌を歌え、という意味らしいです。ただ、曲集の最初の曲でいきなり「ほめ歌え」はちょっとかな…、と思いましたので、カタカナ読みにしておきます。「プサリテ」で定着しているようですし。

 初心者にとって親しみやすいかというとちょっと分からないのですが、クリスマスツリーの他の曲や、リスト晩年の他の曲などと聴き比べると、この堂々とした落ち着きというものがこの曲の大きな魅力だということが分かるのではないかと思います。リストの時代の音楽とは違い、生々しくなく、“音楽”な顔した音楽です。非常時に頼れそうなのはこういうものです。リストの曲としては非常に珍しいでしょう。

レスリー・ハワード(第8巻)[1:55](1) [Amazon.co.jpの紹介ページへ][Amazon.deの試聴ページへ]

(譜例1) 「プサリテ――古いクリスマスソング」(プレトーリウス=リスト)(クリスマスツリー第1曲)(ピアノ独奏稿) S186/1 ♭ 4/4



「プサリテ――古いクリスマスソング」(プレトーリウス=リスト)(クリスマスツリー第1稿第1曲)(ピアノ独奏稿) S185a/1
"Psallite - Altes Weihnachtslied" (Praetorius/Liszt) (Weihnachtsbaum [first version] No. 1)


2004/09/07

 第1稿となっても全体の流れは変わりませんが、最終稿に比べると小節数が少なくて、どんどん進んでいってしまうような印象を受けます。最終稿はそれだけしつこく、長くなったということです。クリスマスツリーの第1稿と最終稿の関係は、これと同じようになっているものが多いです。この曲の場合は、最終稿の楽譜(譜例1)を見れば分かるように、第1稿の短い形の方が原曲通りのようです。歌詞がちょっぴり変なことになっています。
 あと、細かい点と言われるかも分かりませんが、冒頭で、いきなり和音が来るのは、アレレと思います。短音の後にどっしりした和音が鳴らされる最終稿の方が、曲がより頼れる存在のように思えるのです。

レスリー・ハワード(第51巻)[1:27](2/2) [Amazon.co.jpの紹介ページへ][Amazon.comの全曲試聴ページへ][Amazon.deの全曲試聴ページへ]

(譜例1) 「プサリテ――古いクリスマスソング」(プレトーリウス=リスト)(クリスマスツリー第1稿第1曲)(ピアノ独奏稿) S185a/1 ♭ 4/4










「おお聖なる夜!――古い旋律によるクリスマスソング」(クリスマスツリー第2曲)(ピアノ独奏稿) S186/2
"O heilige Nacht! - Weihnachtslied nach einer alten Weise" (Weihnachtsbaum No. 2)


2004/09/12

O heilige Nachtおお聖なる夜、
Voll himmlischer Pracht!いっぱいの神々しいきらびやかさ!
O heilige Nachtおお聖なる夜、
Voll himmlischer Pracht!いっぱいの神々しいきらびやかさ!
In Lüften sich schwingen die Englein(小)天使たちが空中に舞い上がり、
Und singen, und singen.そして歌う、そして歌う。
Halleluja! Halleluja! Halleluja!ハレルヤ! ハレルヤ! ハレルヤ!(=神をたたえる叫び)
Geboren ist Gott!神(イエス)が生まれた!
Der Hölle zum Spott!地獄への嘲笑!(???)
Geboren ist Gott!神(イエス)が生まれた!
Der Hölle zum Spott!
In Lüften sich schwingen die Englein(小)天使たちが空中に舞い上がり、
Und singen, und singen.そして歌う、そして歌う。
Halleluja! Halleluja! Halleluja!ハレルヤ! ハレルヤ! ハレルヤ!
Halleluja! Halleluja!ハレルヤ! ハレルヤ!
Halleluja! Halleluja! Halleluja!ハレルヤ! ハレルヤ! ハレルヤ!
 元気な第1曲「プサリテ――古いクリスマスソング」からここに来ると、思わず瞳孔が大きくなります。この曲の原曲は伝統的なクリスマスキャロルとのことですが、これは相当独特な世界です。
 ほとんど単音のみで進んでいく冒頭。最初の3音下降から、晩年の諦めたような雰囲気を一瞬予感しますが、すぐにヘ長調だと分かります。それでも、明るいと言えるものではなく、夜、明かりがちょっとだけついた狭い部屋のような気分です。
 しばらくすると、和むメロディー(譜例2)が出てきますが、場面は変わりません。「ジュネーヴの鐘――ノクターン」(巡礼の年第1年第9曲)に「コンソレーション第5番」をやや加えたぐらいの雰囲気でしょうか。でも、それよりも和やかさ――子供らしさ、クリスマスらしさ?――を強く感じます。決して暗い曲ではないのですが、内にこもった感じがあります。これを親しみやすいと呼ぶかどうかは、聞く人によりけりだと思います。
 曲の最後の方に、一気に盛り上がるところがあります(譜例3)。世界が広がるというか、急に明るくなるというか、我に返るというか、ハッとさせられます。その後拍子が変わり、光に満ちた明るい世界――と思いきや、最後はまた単音続きで、暗めに沈んでいきます。この一連の箇所の意味はよく分かりません。自分の世界にもぐり込んでしまって、そのまま第3曲に移ると「ここはどこ? わたしはだれ?」となりかねない観客を、ここで起こすための盛り上がり――?
 大衆娯楽系の曲ではありませんが、こういう曲もなかなかいいと思っています。ただ、曲集の2曲目でいきなりこんなのが来ると焦ってしまうかも知れませんね。「クリスマスツリー」を代表するような世界ではありませんので、ご安心ください。

レスリー・ハワード(第8巻)[3:37](2) [Amazon.co.jpの紹介ページへ][Amazon.deの試聴ページへ]

(譜例1) 「おお聖なる夜!――古い旋律によるクリスマスソング」(クリスマスツリー第2曲)(ピアノ独奏稿) S186/2 ♭ 6/4



(譜例2) 「おお聖なる夜!――古い旋律によるクリスマスソング」(クリスマスツリー第2曲)(ピアノ独奏稿) S186/2 ♭ 6/4



(譜例3) 「おお聖なる夜!――古い旋律によるクリスマスソング」(クリスマスツリー第2曲)(ピアノ独奏稿) S186/2 ♭ 6/4→4/2



「おお聖なる夜」(クリスマスツリー第1稿第2曲)(クリスマスツリー第2曲「おお聖なる夜!――古い旋律によるクリスマスソング」第1稿)(ピアノ独奏稿) S185a/2
"O heilige Nacht" (Weihnachtsbaum [first version] No. 2)


2004/09/12

 これはまだスケッチ段階といった感じです。最終稿とはかなりの隔たりがあります。
 まず冒頭が、暗さをほとんど見せず、いきなりしっかりヘ長調なものですから、イマイチ雰囲気が出来ません。リズムも全然違います。
 暗めの部屋などというイメージもないまま、最終稿で和むと書いたところに来ます。が、ここもかなり違って聞こえます。雰囲気は同じはずなのに、とよく考えてみると、どうやら「タータータタ」と繰り返しがないのが原因のようです。あの繰り返しのおかげで、最終稿は子供らしいというのか、和やかな感じが出ています。大分省いて、もう1度同じものを繰り返します。
 急に盛り上がるところがないのにも驚きますが、大体これだけ短かったら目を覚ます必要もありませんね。結尾には代わりに、もういいやとでも言うような雰囲気のものが付いています。こんな曲を出してきたのが間違いでした、もうやめます、と言うような……。聴く側としても、はいどうぞバイバイと言いたくなります。
 こんな風に、魅力の感じられない第1稿ですが、ここから改訂して素晴らしい最終稿として出直してくるので、これはよしとしましょう。

レスリー・ハワード(第51巻)[1:10](2/3) [Amazon.co.jpの紹介ページへ][Amazon.comの全曲試聴ページへ][Amazon.deの全曲試聴ページへ]







「飼葉桶のそばの羊飼いたち(もろびと声あげ)」(クリスマスツリー第3曲)(ピアノ独奏稿) S186/3
"Die Hirten an der Krippe (In dulci jubilo)" (Weihnachtsbaum No. 3)


2004/11/20

 このメロディーは有名だと思います。少なくとも僕はどこかで聞いた覚えがあります。友達に訊くと誰も知らないようなのですが…。
 クルクル回る伴奏は、まさにクリスマス気分。普段とは違う華やかな感じ、ワクワク感があります(黒鍵が多いから?)。第2曲から続けて聴くと、それは余計強く感じることが出来ます。純粋な子供たちが遊び回っているようなこの曲は、キリスト教の知識などほとんどない僕をも、単純にハッピーにしてくれます。
 曲の大半がこの雰囲気ですが、最後だけ勢いが弱まり、やさしく慰めるようになります。何となく宗教色に満ちた感じ――。これもまた素敵です。
 最後に原曲の歌詞を1番だけ載せておきます。
In dulci jubilo,甘い歓呼に包まれて、
Nun singet und seid froh!さあ、歌え、そして喜べ!
Unsers Herzens Wonne私たちの心の歓喜(=イエスのこと?)は
Leit in praesepio,飼葉桶の中に横たわっている。
Und leuchtet als die Sonneそして、母(マリア)の胸の中で
Matris in gremio.太陽のように光り輝いている。
Alpha es et O!あなた(イエス)はアルファでありオメガである!
(Αは最初、Ωは最後の文字。初めであり終わりである、という意味)

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(譜例1) 「飼葉桶のそばの羊飼いたち(もろびと声あげ)」(クリスマスツリー第3曲)(ピアノ独奏稿) S186/3 ♭♭♭♭♭ 6/8



「飼葉桶のそばの羊飼いたち(もろびと声あげ)」(クリスマスツリー第1稿第3曲)(ピアノ独奏稿) S185a/3
"Die Hirten an der Krippe (In dulci jubilo)" (Weihnachtsbaum [first version] No. 3)


2004/11/20

 全体的にほとんど同じです。細かい差異を1つ1つ拾い上げていこうとは思いません。
 1つ注目すべきは終わり方。最終稿では大きく雰囲気が変わっているところが、第1稿にはありません。中途半端に静かになって終わってしまいます。ということはリストは改訂の際あえて新しいものを付け加えたのですね。それにどんな意味があるのか僕には想像もつきませんが。

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「神の御子は今宵しも――3人の聖王の行進のように」(クリスマスツリー第4曲)(ピアノ独奏稿) S186/4
"Adeste fideles - Gleichsam als Marsch der heiligen drei Könige" (Weihnachtsbaum No. 4)


2004/10/26, 2004/11/10, 2004/12/22

 1〜3曲目からこの曲に来ると、冒頭の怪しさに驚かされます。鋭いオクターブが続き、どんな世界になるかと思っていると、緊張は見事に解け、これまでの曲と同じような雰囲気になります。
 この「アデステ・フィデレス」(神の御子は今宵しも)というメロディー、かなり名の知れたものらしいのですが、僕は全く聞いたことがありませんでした。なので非常に書きにくいのです。とりあえず原曲の1番の歌詞を訳しておきます。
Adeste fideles, laeti, triumphantes;喜びに満ちて歓呼している信徒たちよ、来なさい;
Venite, venite in Bethlehem.来なさい、来なさい、ベツレヘム(イエスが生まれた都市)へ。
Natum videte Regem angelorum.天使たちの王(=イエス)のご誕生を見なさい。
Venite adoremus, venite adoremus,来なさい、一緒に崇めよう。来なさい、一緒に崇めよう。
Venite adoremus, Dominum.来なさい、一緒に主(=イエス)を崇めよう。
 序奏部分と比べたら随分と和やかではありますが、それでも曲全体的に勇ましさはあります。小さな子供が好みそうな“カッコ良さ”です。僕としてはやや恥ずかしい感じもします。原曲ではなくリストのせいでしょう。
 個人的に特に好きな曲というわけでもないので、これ以上書けません。原曲を知っている人なら、耳なじみのある曲ということで楽しめるところなのでしょう。

 ――と思っていたら、街でこのメロディーが流れてきました。相当有名な曲みたいです。知らないだろうと思っている方も是非一度聴いてみてください。

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(譜例1) 「神の御子は今宵しも――3人の聖王の行進のように」(クリスマスツリー第4曲)(ピアノ独奏稿) S186/4 ### 2/2



「神の御子は今宵しも(3人の聖王の行進のように)」(クリスマスツリー第1稿第4曲)(ピアノ独奏稿) S185a/4
"Adeste fideles (Gleichsam als Marsch der heiligen drei Könige)" (Weihnachtsbaum [first version] No. 4)


2004/11/26

 序奏が変にウロチョロして、最終稿のような怪しさ一色という訳にはいきません。最終稿では、序奏が終わった後の落ち着きが強調されたことになります。
 “Adeste fideles …”と始まってからは、最終稿のようにきれいにつながらず、場面があちこちに飛ぶような印象を覚えます。実は第1稿の方が原曲に近いようですが。あと、どうも力強さが足りないと思ったら、最終稿にあるƒƒの3連符がないんですね。最終稿を聴いてからこれを聴くと、いわゆる簡易稿(simplified version)を聴いているような気分になります。それだけ最終稿でこの3連符が効果的なのだと分かります。

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「スケルツォーソ――ツリーのろうそくに火をつけて」(クリスマスツリー第5曲)(ピアノ独奏稿) S186/5
"Scherzoso - Man zundet die Kerzen des Baumes an" (Weihnachtsbaum No. 5)


2004/08/30

 曲集を順番に聴いてくると、この曲の冒頭で“光”のようなものを感じます。ろうそくの火もありますが、子供らしさ、無邪気さです。
 少なくとも日本人には、クリスマスは子供が中心のイベントというイメージがあります。それなのにこの曲集中で子供らしさを感じる曲はこの曲だけで、他にはありません! これがどういうことなのかは分かりません。でも、この曲には、子供らしさがいっぱい詰まっています。
 “子供”といっても、中学生などではなく、もっと小さい、小学校低学年ぐらいまででしょう。細かいことなど気にせず、単純に生きている時代! 嬉しいことがあれば会った人みなにそれを話し、呆れられても止まらないようなあの明るさと、ツリーの明かりとが見事に重なり、心地よい明るさを放出しています。一番いいなと思うのは、子供らしいしつこさをそのまま模倣したような部分(譜例1)。嬉しいとき、ねだるとき、笑うとき、いろいろな場面で子供が見せるしつこさが、ここにそのまま表れています。リストも上手いなぁ、とつくづく感じてしまいます。思わず笑みがこぼれます。
 子供らしさといえば、速さ・軽さもそうで、Prestoという表示が子供の軽やかさを表していると言えるでしょう。
 ただ1つ気になるのはこの終わり方(譜例2)。最後の方はなぜこんなに暗いのでしょうか? 暗いといってもリストが本気で暗い音楽を作るときの暗さとは全然違いますが、それでも最後まで無邪気でいないというのは気になります。大人から静かにしろと言われた? クリスマスなのに?? まぁ、不満がそのまま表に出るのも子供らしくていい、と割り切るべきなのでしょうか? …それとも、次の「カリヨン」の冒頭の衝撃を大きくするために静かに終わらせたかったという理由か? 何はともあれ、この曲だけのことを考えると、最後まで元気に明るくしていて欲しかったというのが本音です。

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(譜例1) 「スケルツォーソ――ツリーのろうそくに火をつけて」(クリスマスツリー第5曲)(ピアノ独奏稿) S186/5 ♭ 3/4



(譜例2) 「スケルツォーソ――ツリーのろうそくに火をつけて」(クリスマスツリー第5曲)(ピアノ独奏稿) S186/5 ♭ 3/4



「スケルツォーソ」(クリスマスツリー第1稿第5曲)(クリスマスツリー第5曲「スケルツォーソ――ツリーのろうそくに火をつけて」第1稿)(ピアノ独奏稿) S185a/5
"Scherzoso" (Weihnachtsbaum [first version] No. 5)


2004/08/30

 これは最終稿に比べてずっと短い、というより、途中で終わってしまうといった方が正確でしょう。これはどう解釈すべきなのかちょっと分かりません。ちゃんと終わっているので後半が紛失しているということはまずないでしょう。ということは、当初はこんな短い曲のつもりだった――? 最終稿の最後の暗さがないという点ではこちらがいいですが、それにしても短すぎます。曲集中で子供らしさを感じるのがたったこれだけというのは物足りません。リストもそれを思って長くしてくれたのだと信じます。それはそれで結果よかったと言いたいところですが、最後の部分を後から付け加えたことの意味はやはり納得いきません。静かに終わらせるためにはこの第1稿のようにすればよく、暗い世界に持っていく必要はありません…。どういうことなんでしょうね。
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「カリヨン」(クリスマスツリー第6曲)(ピアノ独奏稿) S186/6
"Carillon" (Weihnachtsbaum No. 6)


2004/08/28

 参りました。この曲には本当に参りました。
 早く紹介したくてウズウズしても、良い言葉が思いつかずにじっと待って来て、もう諦めました。
 何が凄いって、この響き! 冒頭からいきなりƒで鳴らされるこの音。聴いたら誰も無表情ではいられないでしょう。一旦静かになりますが、そこから左手の繊細な暴走が始まります。トリルから3連符の紡ぎ歌的響きになり、浮かんで沈み、しつこく繰り返します。やっと休憩と思えばまた同じ動き、そして新たな響きも出てきますが、これもまた表現不能です。終わりはトリル、トレモロ、最後までこの独特さのままで突っ切ってしまっています。
 リストが何を思っていたか、全然分かりません。クリスマスとの関係も僕には分かりません。この曲のこの音だけが、全てから独立しているようにさえ感じます。
 ちなみにタイトルのカリヨンというのは、組み鐘の一種です。ピアノと同じで半音階の全部がちゃんとあり、その幅は3オクターブぐらい、教会などに据え付けられるものだそうです。インターネットでカリヨンの音のサンプルがあったので聴いてみましたが、ほとんどが単純な旋律のみで、リストのこの曲のような響きはありませんでした。でも、カリヨンを使ってこの曲のような響きを出すことは不可能ではないかも知れません。どうなのでしょうか? できるのなら、誰かカリヨン版「カリヨン」を演奏してもらいたいものです。
 響きについてまだまだ説明不足ですが、この曲がキリ番を取ったときのBGMにふさわしいように思えるということを付け加えておきましょう。キリ番というのはアクセスカウンター等でのキリのいい番号、123456とか7777777とかのことですが、そんなときの心情に似ているように思えるのです。僕も某有名サイトの500000番を踏んだことがあるのですが、ピタッと揃っている驚き・焦り、次いで珍しいものを取れたという喜び、そして僕などという者が踏んでしまった(他の人は見られない)という罪悪感などが湧いてくるものです。この曲も、全体的に何か驚いたような感じがありますし、特に冒頭は、ピタッと“ハマって”いるという印象を受けます。さらに、ありふれた曲(何も感じない18459などの番号)とは違うという意味、ちょっとの時間、我を忘れて聴き(見)入ってしまうという意味からも、この曲はキリ番と重なる部分が非常に大きいと思えるのですが…。僕だけの感覚でしょうか?
 未聴の方は余計にどんな曲か見当つけなくなってしまったかも知れません。とにかく聴いてみてください。僕の言っている意味がきっと少しは分かるでしょう。

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(譜例1) 「カリヨン」(クリスマスツリー第6曲)(ピアノ独奏稿) S186/6 ### 4/4



「目覚まし時計」(クリスマスツリー第1稿第6曲)(クリスマスツリー第6曲「カリヨン」第1稿)(ピアノ独奏稿) S185a/6
"Réveille-Matin (Wecker)" (Weihnachtsbaum [first version] No. 6)


2004/08/28

 第1稿ではいくつかの小節がなかったり、リズムが違ったりしますが、それでも大して違和感を感じないということは、最終稿が曲の最初から最後までずっと同じ世界を保てていることを改めて証明してくれるでしょう。
 それよりまず気になるのがタイトルですよね。第1稿のタイトルはフランス語で「目覚まし時計」、さらに念を押すようにドイツ語で「目覚まし時計」となっています。最初見たときには随分と驚かされました。コイツは目覚まし時計だったのか…。そう言われてみれば、まさに目覚ましにピッタリな音です。最終稿でこれが「カリヨン」になってしまったのは、子守歌の直前に目覚ましを鳴らすのは酷いと思ったからでしょうか??
 第1稿でまず目立つのは、途中一旦途切れる部分がまだないこと。展開が急に思えますし、これだけ連続していると左手にやや飽きる気がしないでもありません。もう1つ重要なのは終わり方です。最終稿があくまでもあの雰囲気のままなのに対して、第1稿では新美南吉の「お手々が冷たい」を思い出させるような世界になります。「カリヨン」の意外な一面を見せつけられた感じです。でもやっぱりこの曲は非人間的(?)なもので徹底した最終稿がいいです。

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「子守歌」(クリスマスツリー第7曲)(ピアノ独奏稿) S186/7
"Schlummerlied" (Weihnachtsbaum No. 7)


2004/11/16

 これは素晴らしい子守歌です。曲集中で最も知名度が高く、この曲だけ単独で取り上げられる機会も多いです。
 雰囲気は、有名なコンソレーション第3番に近いと思いますが、個人的にはあれよりもこの曲の方がずっといいです。暖かい布団の中に潜り込んでいるときのような気分になります。鍵盤の真ん中あたりに常にいる規則的な16分音符は、中の空気の暖かさのようで、心を落ち着かせます。それに合わせて奏でられるメロディーも実に素敵で、安心した気持ちになれます。最後は16分音符がなくなりますが、ふんわりした雰囲気は変わりません。気持ち良く寝てしまったのでしょう。
 演奏は、大井和郎が一番です。全く違和感を感じさせない自然な起伏。曲の魅力を充分に伝えています。ただ、本当に子守歌として使うのなら、やや激しすぎるかも知れません。ハワードは大井に比べて“流れる”感じが強い演奏です。僕にはやや物足りないのですが、子守歌としては良いでしょう。ブレンデルは、低速で、しかも感情を抑えたような演奏、上記の2つに馴染んだ僕の耳にはちょっと異様に聞こえます。

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(譜例1) 「子守歌」(クリスマスツリー第7曲)(ピアノ独奏稿) S186/7 ###### 6/8



「子守歌」(クリスマスツリー第1稿第7曲)(ピアノ独奏稿) S185a/7
"Schlummerlied" (Weihnachtsbaum [first version] No. 7)


2004/11/18

 これは大分違います。まだまだ洗練されていないと言うこともできますが、言い方を変えれば第1稿は晩年の臭いがプンプンします。
 初めの方から耳慣れない響きが出てきて落ち着きません。最終稿に比べて変化が乏しいと思いきや、高音へ上っていきます。こんな曲がハワードの第11巻に入っていたような、と思わせます。多少面白くはあるものの、最終稿の魅力とは比べものになりません。
 これを聴くと、最終稿がいかに見事か、改めて思い知らされます。同じメロディーであそこまで改良できるリストは凄い!

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「プロヴァンスの古いクリスマスソング」(クリスマスツリー第8曲)(ピアノ独奏稿) S186/8
"Altes provenzalisches Weihnachtslied" (Weihnachtsbaum No. 8)


2004/11/03

 プロヴァンスというのは、フランス南東部、マルセイユを中心とする地方、だそうです。そこのクリスマスソング2つから成るというこの小さな作品、嫌いではありませんが、どうコメントすればいいのか…。
 クリスマスツリーの第1曲「プサリテ――古いクリスマスソング」と第5曲「スケルツォーソ――ツリーのろうそくに火をつけて」を合わせたような、と書きかけて、いや何か違うと思いました。この曲は、曲集の中で、仲間外れ的存在であるように思えてきました。
 何が違うのか? 通して聴いて、分かりました。「クリスマスツリー」の中の他の曲は、閉め切った室内での響きか、屋外でも家の中から見ているぐらいのものなのです。それなのに、この曲のイメージは、外で音を開放している感じ。放射線状に広がっていく響きのように聞こえます。「コンソレーション第6番」に近いと思いました。
 だから何だと言われると困ります。時間的にも楽譜を見ても、曲集中最短のこの曲は、それほど存在感のあるものではないようです。

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(譜例1) 「プロヴァンスの古いクリスマスソング」(クリスマスツリー第8曲)(ピアノ独奏稿) S186/8 ## 2/4



「(プロヴァンスの古いクリスマス)」(クリスマスツリー第1稿第8曲)(クリスマスツリー第8曲「プロヴァンスの古いクリスマスソング」第1稿)(ピアノ独奏稿) S185a/8
"(Alt-provenzalische Noël)" (Weihnachtsbaum [first version] No. 8)


2004/11/03

 全体の流れは全く同じです。他の曲を長くしていったリストも、この曲はどうすることもできなかったんですね。
 細かい違いを見ていくと、まず気付くのが真ん中の部分で左手が不安げな響きになっていることです。これが最終稿で明るくなり単調になったのは、良いことか悪いことか…? その後冒頭部分に戻るとき、最終稿ではpになっていますが、第1稿は弱くなりません(ハワードの演奏のせいかも知れませんが)。僕は、最終稿のあの部分は、機械人形が行進しているようで嫌いなので、第1稿の方が好きです。あとは一番最後が、「メフィストポルカ」のように単音1つでいきなり終わってしまいます。次の曲とのつながりを考えると、ここはppで終わる最終稿の方がいいと思います。
 ちなみにこの曲はタイトルが無くて、サブタイトルが上記のようについています。

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「夕べの鐘」(クリスマスツリー第9曲)(ピアノ独奏稿) S186/9
"Abendglocken" (Weihnachtsbaum No. 9)


2004/09/01, 2004/10/15

 「中途半端に寂しく、中途半端に流れる。」というのが、僕がこの曲を最初に聴いたときに書いた印象です。それからもこの考えは変わらず、退屈な曲だと思っていました。
 その考えを改めたがつい最近のことです。とりあえずその日(2004/09/01)の僕の日記から引用します。
 今朝、外に出て、非常に寒く感じた。風邪引いたかと思って周りを見ると、長袖を着ているヤツすらいる。急に、小学校時代の、ランドセルをからった※注1朝の“秋”を思い出した。
 昨日までは太陽がギラギラ照り付け、夏もそろそろ終わるんだろうかという気分だったが、今日は突然どうしたことだろう。そんな思いながらも、昼間はいつもどおり授業を受け、何も変わったことのないいつもどおりの生活だった。昼は暖かかったし、何も感じることはなかった。
 で、学校と寮の間――ほんの僅かの距離だが――で、ビュルルンと風が吹いてきて、再び朝のことを思い出した。空はすでに薄暗く、気温も結構低かった。そして、雨が降っていた。この雨がまた絶妙で、僕にしとしとという表現を使わせたがっているのかと思うほどにしとしとした雨。ゲッ、秋だぜ…、と思った。蒸し暑さはいつの間にかどこかに行ってしまっていることに気付き、妙な空虚感に襲われた。
 寮に戻る。今、僕の部屋は4階だ。1階から4階まで、いつもなら“暑い”から“激しく暑い”という変化を感じながら階段を上り、部屋に駆け込みクーラーを付ける。今日は“ちょっと寒い”から“暖かい”、部屋もややムッとはしたが、クーラーを付ける気にはなれなかった。間もなく帰ってきた1※注2と意見が一致し、今日は部屋のクーラーを付けずにいることにした。窓を開ければ充分涼しい。「たまにはこんなのもいいね」「これからずっとクーラーは要らんかな」「いや、明日からまた暑くなるやろ」などと2人で喋りながら、ふと外を見ると、緑の中に黄色の葉が十数枚、点々と見えた。感傷的というのか、これまで体験したことのない、胸を抑えつけるような感覚。外と言えば暑い、とここ2〜3ヶ月思っていただけに、とても新鮮だった。
 この日この後、何か聴きたいけど聴くとせっかくのこのムードが崩れてしまうような気分で、ピッタリの曲を探していたときに、それまで面白くないと思っていた「夕べの鐘」をふと思いつきました。これが我ながら見事な選曲で、そのときの気持ちに完璧に合いました。それ以来、悪い曲ではないと思い続けています。
 で、この「夕べの鐘」がどんな曲かということですが、一言でいうなら“繊細”でしょうか。夕方(個人的には、秋の夕方)という時間帯が持つデリケートな雰囲気を表現しているような感じです。何かちょっとでも間違えたら、太陽は一気にドーンと真下に落ち、凄い爆音が響き渡り、たちまち雰囲気はダメになってしまうのではないかと思わせるような(秋の)夕暮れ。風船の上を渡るように、そーっと、描き出しています。退屈云々以前に、この雰囲気自体に大きな魅力を感じるのです。
 さて、このまま終わっても文句ないところですが、しばらくの沈黙の後、曲は再び始まります(譜例2)。辺りはさっきより暗くなったかなと思います。楽譜の下段と上段、交互に鳴らされる音が絶妙で、幻想的というのか、独特な雰囲気を醸し出しています。この上段の方が、鐘の音なのだと思います(これより前の部分に鐘は出てくるのか、僕にはちょっとわかりません。どなたかご教授願います)。これもしばらくすると静まり、曲は終わってしまいます。このように、曲の4分の3あたりで一旦切れ目があるという曲として、他に「顕現第3番」や「死の舞踏」を思い出します。これらは、「え、もう終わるの?――あっ、また始まった!――あーあ、すぐまた終わっちゃったよ」という聴衆の気持ちを狙ったものなのでしょうか? だとすれば、僕が種明かしをしてしまったことになるかも知れません…。
 それはともかく、みなさんに是非聴いて欲しい曲です。ただ、この気分に浸れないと退屈なだけな曲に感じてしまうことでしょう。僕にとっても、いつ聴いても楽しめるという曲ではありません。でも、うまくマッチすれば本当に最高なので、何回か聴いて好きになれなくても、諦めないことをお勧めします。クリスマスの曲のはずですが、個人的にはやっぱり“秋”です(笑)。

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※注1
「からう」=九州方言。しょう、背負うの意味。

※注2
ルームメイト。

(譜例1) 「夕べの鐘」(クリスマスツリー第9曲)(ピアノ独奏稿) S186/9 ♭♭♭♭→#### 2/2



(譜例2) 「夕べの鐘」(クリスマスツリー第9曲)(ピアノ独奏稿) S186/9 ♭♭♭♭ 2/2



「クリスマスツリー第1稿第9曲」(クリスマスツリー第9曲「夕べの鐘」第1稿)(ピアノ独奏稿) S185a/9
"Weihnachtsbaum [first version] No. 9"


2004/11/03

 冒頭部分など、まだ無いところがあり、音の細かい違いがあります。でも、あの雰囲気は既に出来上がっています。一旦途切れる形も変わりません。雰囲気が命の曲ですので、この第1稿でも充分聴けると思っています。
 雰囲気が同じだからこちらを聴くかと言うとそうではなく、長く続いてくれる最終稿を聴いてしまいます。そういう点では、第1稿の他の曲と比べて存在価値がないと言えるかも知れません。

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「昔!」(クリスマスツリー第10曲)(ピアノ独奏稿) S186/10
"Ehemals!" (Weihnachtsbaum No. 10)


2004/07/01

 「凶星!」などもそうなのですが、“!”がついている曲名は和訳するとなんだか滑稽に見えてしまいます。この「昔!」など特に吹き出しそうな感じなのですが、かといって“!”を外してしまうと気分が出ないので、仕方なくこの訳にしておきます。
 「昔」といえば、思い出す表現は「昔は良かった」。検索サイトで「昔は悪かった」との用例数の違いを見れば、その差は一目瞭然です(2005/07/24現在、Google、「昔は良かった」約23900件、「昔は悪かった」約550件)。文字通り見れば、良かった昔を思い出して明るい気分になっているように取れなくもないのですが、普通の場合、これは「今は良くない」という暗い気持ちを表していることでしょう。なぜみんなこんなに後ろ向きなのか、悲しくなります。僕は一生「昔は良かった」なんて言わないぞ、と宣言してみたり。この言葉を発したくなったら訂正します――。
 リストの「昔!」も、このようなネガティヴな曲です。メロディー的にはまぁまぁ健全なもので、明るかった昔の世界を描いているようです。でも、その手前に、「今は…」という否定的な色が入っているのは明らかです。たまにそれが消えるときは、とても美しい響きを聴かせてくれますが、そんな部分はごく僅かしかありません。諦めたような感じの最初と最後、真ん中あたりの“昔に戻りたい”という無理な叫び。リストの晩年の典型的な世界と言っていいかも知れません。
 ちなみに、今さらのようですが、「クリスマスツリー」の中の1曲でしたね。頑張って解釈すれば、“昔のクリスマスは良かった”ということなのでしょうか? だとしたらさらに暗〜いですねぇ……。

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(譜例1) 「昔!」(クリスマスツリー第10曲)(ピアノ独奏稿) S186/10 ♭♭♭♭ 3/4



(譜例2) 「昔!」(クリスマスツリー第10曲)(ピアノ独奏稿) S186/10 ♭♭♭♭ 3/4



「クリスマスツリー第1稿第10曲」(クリスマスツリー第10曲「昔!」第1稿)(ピアノ独奏稿) S185a/10
"Weihnachtsbaum [first version] No. 10"


2004/11/20

 第1稿、一言で言えば、コレ(譜例1)がない。具体的に見ていくと、まず前奏が非常に短いです。最終稿はあの前奏で曲のイメージを強く刻みつけるので、その分第1稿は“昔は良かった”という落胆具合が少ないということになります(?)。
 さて、落ち着いたメロディーはすぐに途切れてしまい、改めて高音でスタートするはずですが、その途切れるところが最終稿では実はアレ(譜例1の形)なのです。第1稿ではどうなっているかというと、途切れずにあっさりと上っていきます。これはこれでこの曲のちょっと苦しすぎる感じを和らげてくれて、好きです。
 そこから先、どんどん先に進むように感じます。最終稿では2回繰り返すところを1回ずつで先に行くからです。昔は良かった具合が最終稿で強まったことが、ここでも分かりますね。最終稿ではƒで曲中最大の盛り上がりになるところは、第1稿では物足りず、最終稿がいいと思います。
 そして最後、やっぱりアレがない。とても不思議な終わり方になっています。まぁ、よく考えてみると、アレで終わる最終稿も不思議かな?

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(譜例1) 「クリスマスツリー第1稿第10曲」(クリスマスツリー第10曲「昔!」第1稿)(ピアノ独奏稿) S185a/10 ♭♭♭♭ 3/4










「ハンガリー風」(クリスマスツリー第11曲)(ピアノ独奏稿) S186/11
"Ungarisch" (Weihnachtsbaum No. 11)


2004/05/20

 この曲は聴いた途端に好きになりました。奇妙な激しさを持つ2分程度の曲です。パーティーか何かの途中で、変な男がいきなり演説を始めた(譜例1)――といった感じ。おかしな格好でバリバリのハンガリー訛り(謎)で…。何コイツ、と周りから白い目で見られてもお構いなしで、その場の雰囲気とは明らかにミスマッチなことを滔々と語ります。でもしばらくすると、いきなり話をやめ、どこかへ消えていくのです…。
 何とも狂気じみた曲です。普通の曲にはあるべき“何か”が抜けているような気がしてなりません。異様な勢いでハンガリーくさく進んでいきます。
 この手の曲で小品というのがなかなかないだけに、とても便利です。お世辞にもカッコいいとは言えませんが、やみつきになりますよ。ふっと現実を忘れてみたい時などにオススメです。

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(譜例1) 「ハンガリー風」(クリスマスツリー第11曲)(ピアノ独奏稿) S186/11 ♭♭♭♭ 4/4



「ハンガリー風」(クリスマスツリー第1稿第11曲)(ピアノ独奏稿) S185a/11
"Ungarisch" (Weihnachtsbaum [first version] No. 11)


2004/08/29

 これは面白い!! 最終稿を聴いたときの疑問もこの第1稿により勝手に解決しました。
 始まり方は最終稿と同じです。最終稿ほどのしつこさがないのは、この際ほとんどどうでもいいです。曲の後半になると、曲想がなんと明るい方向へ進んでいきます。ややダサい感じもしますが、明るく盛り上がり、そのまま終わってしまうのです。
 この形が最初の構想ということで、「ハンガリー風」がクリスマスツリーに含まれた理由も分かるような気がします。最終稿でこの曲を怪しいおじさんに喩えましたが、ここでもそれで通用します。普通の家庭に突如現れた変なおじさん。みんなびっくり、子供たちもガタガタ震えますが、そのおじさんが徐々に化けの皮をはぎ、「おかあさんといっしょ」にでも出てきそうなおじさんのようになり、子供たちの緊張もすっかりほぐれ笑顔に。これが実は近所の**さんだったというお話は省略して、最後に彼はクリスマスのお祝いを言って帰っていく――。「クリスマスツリー」の1曲として無理のない物語でしょ?(笑)
 これが最終稿になると、怪しさを徹底するあまり和やかさも笑いも消え、あのような凄みが出来上がったわけです。最終稿とどちらがいいかというと、それぞれ面白いので、どちらか一方を選ぶことはあえて避けておきます。

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「ポーランド風」(クリスマスツリー第12曲)(ピアノ独奏稿) S186/12
"Polnisch" (Weihnachtsbaum No. 12)


2004/06/24

 「クリスマスツリー」全12曲の最終曲ですが、僕、これにはどうも納得いきません。悲観的とまでは言わないものの、寂しい感じが漂っています。「クリスマスツリー」と題して曲集を弾いてきてその最後の曲となると、パーッと楽しく無邪気な曲にするのが普通じゃないでしょうか? しかも前曲が「ハンガリー風」という異様に暗い曲であるだけに、楽しい最終曲を期待していた初聴時、見事に裏切られました。
 もちろん曲が悪いとは言いません。「ハンガリー風」とともに、曲の独特な世界の中にどっぷりと浸らせ、現実世界をしばらくの間忘れさせる強い力を持っています。マズルカのリズムの怪しげな軽妙さ(譜例1)、やや明るくなったƒの「忘れられたワルツ第4番」的盛り上がり(譜例2)は、本当に心地良いものです。ただ問題は、“最終曲”ということです――。
 約120小節にわたる長い繰り返しの後に、「ダンテを読んで」を少し思わせるような高音の響き(譜例3)があります。「パパ、なんかシンコクなかおしてるよ。クリスマスパーティーがじゅんびできたよぉ。」と呼ぶ子どもたちの鈴の音のように聞こえる部分です。僕だったらここから最終曲を始めるけどなぁ、と思うのです。ここでやっとクリスマスにふさわしい気分になります。この後一転して、「おっと、そういえば12月25日だったねー」という雰囲気になります。大人たちも徐々にくだけてきて、最後の最後は無邪気に終わるのです。
 リストも、あのままの雰囲気ではさすがに終われないと思ったのでしょうが、それなら何故冒頭からずーっとこんな感じなのかという疑問はやっぱり残ります。何はともあれ、単独曲として見れば、「クリスマスツリー」の中でもかなり好きな方になります。いろいろ考えることなく、楽しめばいいのでしょうか…?

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(譜例1) 「ポーランド風」(クリスマスツリー第12曲)(ピアノ独奏稿) S186/12 調号なし 3/4



(譜例2) 「ポーランド風」(クリスマスツリー第12曲)(ピアノ独奏稿) S186/12 ♯♯♯ 3/4



(譜例3) 「ポーランド風」(クリスマスツリー第12曲)(ピアノ独奏稿) S186/12 調号なし 3/4



「ポーランド風」(クリスマスツリー第1稿第12曲)(ピアノ独奏稿) S185a/12
"Polnisch" (Weihnachtsbaum [first version] No. 12)


2004/08/29

 冒頭だけ聴くと大して変わっていないように思える第1稿、これが全曲に引き続きかなり面白いので、細かく見ていくことにします。
 おかしくなってくるのは、最終稿の譜例1のところです。聴き慣れた通りに始まり、オクターブになり、なんと長調になって、また繰り返されます。深刻に盛り上がったところでは、最終稿と同じような形に戻ったと安心しますが、そこから先、聞いたこともないものが驀進…。どんな雰囲気と言う以前に、ただ呆然とさせられました。
 ここで一旦途切れ、冒頭の形に戻ります。最終稿同様にこれから後は今までの繰り返しか、と一息つけるのはほんの短い間です。最終稿の譜例1のところ、今度は最初から長調! 僕がイメージするクリスマスの気分とはズレるものの、本当に楽しそうです。2回連続の後、盛り上がるはずのところで高めの音が怪しく奏でられます。そこから降りてきて、癒し系の音。高音オクターブが鳴るのも気持ち良く、長旅の末やっと落ち着けるというような気分になれます。この後、ヴェーグ=リストの「演奏会用ワルツ」S430(1882年作曲)※注1と全く同じ音型が出てきます。ヴェーグのアイデアを先にこちらに持ってきたのか、リストのアイデアを後にワルツに利用したのか、それとも実は昔からよく使われたきたものなのか、誰か教えてください。そして、気付いたらここが最終稿のあのトレモロですね。
 ここからは、最終稿も充分明るく楽しいので、何が来ても驚きません。最終稿とは大分違いますが、雰囲気は同じで、しっかり盛り上がって終わります。
 このように、最終稿からかけ離れているこの第1稿、是非聴いてみて欲しいものです。

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※注1
ハワード(第35巻)の演奏で、2:35。

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